1年くらい前でしょうか。朝9時前に「前歯が割れたから至急見てほしい」とお電話をいただきました。
さて、前歯が割れるとはどういうことでしょうか?
この方の場合、正しくは「前歯が割れたのではなく、前歯に装着していたかぶせ物の一部が破折した」というものでした。
患者様はしきりに「これじゃ人前にでれないので、応急的になんとかしていただきたい」と何度も述べられていました。まずは、この「現象」が起こった原因を考える必要があります。その最たるものは「強いかみ合わせ」と「脆い材質」に基づきます。すなわち、強いかみ合わせ(あるいは硬いもの:煎餅などを食べたこと)により、歯に被せていた「レジン」がかけてしまい、内部構造である「金属」が露出してしまった症例と考えられます。
このような場合、応急的な対応はだいぶ難しいのですが、「人前に出れない」という深刻な問題を解決することが先決です。まずは割れてしまった部分にレジンを一層盛り足しました。決して良い治療ではありませんが、それでも心理を変えることは可能です。患者様曰く、「まだ笑えないけど、なんとか生きた心地に戻りました」とおっしゃっていました。
翌々日、かみ合わせの調整を行い、「煎餅が大好き」という背景も踏まえ、脆い材質(レジン前装冠)ではなく、頑丈なジルコニアを用い、精密に治療を行いました。治療後、患者様は笑顔になり、私も幸せな気持ちになりました。そして現在も通っていただいております。
この症例を通じ、いかに私達歯科医師の役割が重要であるかを再認識しました。笑顔は日常にあふれるものですが、一度失った笑顔を取り戻したとき、人はより一層の幸せを感じることができます。そしてそこに携わる者として、目の前の患者様にとっての最適な対応をしていかなければならない。そう日々戒めています。